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[Coldplay] Roadie 第三章:恐ろしすぎるアメリカ武者修行(2001年)

今日も『Roadie: My Life on the Road with Coldplay』から。第三章のタイトルはBACK, BACK… AND BACK (AGAIN) IN THE U.S.A.
私の下手な訳じゃ全然伝わらないんですが、マットさんの文章でちょっと泣かされたじゃないか(;O;)

ROADIE-MY-LIFE-ON-THE-ROAD-WITH-COLDPLAY-BY-MATT-MCGINN-THE-ESCAPIST1


2001年5月アメリカへ。

みんなより一足先に渡米していたクリスは、大きなサングラスをかけ、ソファーに一人腰掛け、何かが変わった感じだった。「考えてたんだけどさ、絶対この国でやれると思うんだ」 彼は真剣だった。

アメリカで成功することの大変さが色々書いてありますが、中でも恐ろしいのが 'The Radio Festivals'。蒸し暑い夏の野外フェス。リンキン・パークやグリーン・デイの間に押し込まれ、コールドプレイなんて聞いたこともない5万人のロックファンの前で午後3時にプレイする。ステージ裏でも殴り合いが…。

ワシントンでのフェスで、セッティング中にコインや瓶を投げられるホッピーさんとマットさん。黒いTシャツを着てタトゥーもある俺達がこんなに嫌われてるのに、クリスのピアノなんて見たらどうなるんだ!?

コールドプレイがステージに登場すると、予想通りネガティブな波がステージに押し寄せ、永遠に流し去ろうとしていた。"Yellow" の荘厳さも "Shiver" の可憐さも午後の暑さの中に溶け出し、汗とヤジの間に消えていった。

幸い大きなフェンスがあったので、ステージ近くの怒り狂った集団が虐殺を始めるのは避けられたが、それは濃縮された憎悪の空気を増やしただけだった。

"Trouble" のセカンド・コーラスに差し掛かった時、誰かがCDを投げ、それは正確な弧を描き、汗でビショビショに濡れ真っ赤になったクリスの額に当たった。

‘I never meant to cause you…’ ガシャン!

もしクリスが立ち上がって何かを投げ返し、くそったれと罵って次のフライトでイギリスに帰ったとしても、俺は少しも責めなかっただろう。

でも彼はそうしなかった。少し身をこわばらせ、ジョニーを見て、そのまま嵐の中に激しく身を乗り出した。バンドは彼をしっかりと守り、一体となって生き残った。

それは成功への道の、最初のささやかな勝利だった。

クラブ、劇場、そしてナショナルTVへと一段一段進み、サタデー・ナイト・ライブにコナン・オブライエン、レターマン、レノ・・・みんなが彼らに惚れ込んだ。今では俺たちが熱烈な忠誠心を持ち、過保護になってしまうこのおかしな集団に。

俺たちはすぐに世界で一番魅力的なクルーとして知られるようになった。(←ほんとかいw)




いやーコールドプレイもこういうことをみんなで乗り越えてきたんですね。他にもアメリカでの苦労話が沢山書かれていて、アメリカで成功したのは、彼らの音楽だけでなく、クリスが「体を売って回った」と言っているように、文句を言わずにひたすら努力した彼らの根性あってこそなんだろうなーとしみじみ。



1, 2章はこちら ⇒ Roadie: My Life On The Road With Coldplay 2000年~2001年